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子供は転校すると性格が変わるの!?

私は小学校を転校するたびに、だんだんおとなしい草食動物のようになっていきました。人からどう見られるのかを気にしていたんでしょうね。

今回は、子供の転校が性格に影響するかどうかのお話です。

 

 

小学生の転校は、性格に影響する?

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私はブラジルの日本人小学校に入学したので、その学校の子供たちはいつか必ず帰国し、転校することは決まっていました。

 

ですから先生方は春、夏、冬休みを短くして2か月分授業を早めて、いつ帰国してもいいように準備してくださっていました。

 

当時の私は外遊びが大好きで活発な子供でした。ですが空気を読まず平気で自分の意見をはっきり言う子供だったので、一部の女子とはいつも気が合わず行動を別にしていました。

 

初めての転校で経験したこと

小学4年生の6月にとうとう東京に帰国になりました。当時はブラジルの自然の中で遊んでいたので日焼けで真っ黒でした。転入してすぐに見た目を揶揄するあだ名をつけられました。それはそのクラスにいた活発な女子数人のグループにつけられたものでした。

 

その子たちは何かと私をバカにしてきました。日本人小学校には給食がなかったので、かっぽう着の着かたがよくわからず、給食の流れもわからず、まごまごしていたら教えてくれるどころか怒鳴られました。

 

しかしこのおとなしい転入生はクラスで一番足が速く、勉強ができました。日本人学校の先生方のおかげです。それがますますいじめを助長させます。いじめがエスカレートしていく中、そのことに反発するクラスメートも出てきて居心地の悪いクラスになっていきました。

 

活発だった私は帰国後は一転してまわりの様子をうかがうようなおとなしい子供になります。運動量もブラジルにいた時ほどには動かなくなり、太ってしまいました。

 

小学4年生の2学期の終わりごろ。親がそれまで住んでいた社宅を出る!といって、急きょ別の街に引っ越すことになりました。当然また転校です。内心「やった~!!」と喜びました。

 

数日後クラスの下校前に簡単なお別れ会をしてくれることになりましたが、意外なことにいじめグループの子たちは神妙な顔で私に特別席を用意してくれたり、司会をしてくれたりくれました。正直面食らうような光景でした。

 

小学校2回目の転校

そして小学4年生の3学期には別の学校に転入します。

いじめは特にありませんでしたが、私はすっかり静かなまったく自分の意見を言わない影のうすい子供になっていました。

 

学校に紹介されて一番近所の同級生K子と登下校をともにするようになります。

K子がおとなしい私を見たままに判断したのでしょう。約束はすっぽかす、親とけんかしたあとの登校時に口をきかなくなる、クラスメートや私のいる目の前で私の悪口を言う、そんな人をなめたわがままちゃんでした。

 

小学6年生になった時にこっそり泣いていた私を母が見つけ、理由を聞きだしてすぐK子の家に向かいます。勝気な母はK子に、私に対する態度を改めてほしい、仲良くしてやって欲しいと言います。

 

そして翌日の登校時。K子はやはりふくれっ面で怒っていました。その時やっと私に昔の自分が戻ってきたようです。

「もう一緒に遊ぶのをやめよう、登下校も別々にしよう。」と言って1人でスタスタ学校に向かう自分がいました。

 

小学校卒業までの間に仲の良い友達はできませんでしたが、犬を飼っていたので何とも思わなかったです。そしてK子とは中学校も同じでしたが、もう二度と一緒に時間を過ごすことはありませんでした。

 

 

関東から関西に転校~わが子の場合

長女は2歳ぐらいの時にはもう自分からお友達を欲しがる子でした。公園に行くといつの間にか友達を作って一緒に遊んでいました。

 

長女も引っ越しで幼稚園を3つ経験し、小学1年生の時に神奈川(2年ほど住みました)から大阪に転校しました。

 

神奈川ではすごく仲の良い同級生がいたので、お別れは正直いって長女に酷なことだなと思いました。

大阪の学校では「この子は関西弁をしゃべらない!」と、まずそれを冷やかされました。新しい友達がしゃべる言葉は長女にとって、とてもキツイ印象でした。

 

長女の友達関係を良くしたいと親なりに考え、同級生に家に遊びに来てもらう機会を何度か作りますが子供の世界はシビアです。遊びに来ている子供たちに、うちの子の方が非常に気を使うのがわかって、見ていてなんだか痛々しかったです。

 

転校後の子供に異変?

そのうちに夜になると、長女は寝ていたはずなのに急に起きだしてわめきだしたり、泣いたりすることが出てきました。

 

初めは私もびっくりしましたが必死でしっかり抱きしめて何度も背中をさすりながら、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせ、落ち着いてまた寝つくまでずっとそうしてやりました。

そしてそれは私自身にも言い聞かせているようでした。

 

そんな夜が何度かあったので、医者にみせたほうがいいだろうかとも考えましたが、そのうち自然におさまりました。(本人はまったく覚えがないと言っています。)

 

環境を自分で作る

学校の人間関係だけでは息が詰まるだろうと思い、本人と相談して水泳とピアノを習い始めることにしました。

 

技術習得はもちろんですが、放課後の時間をつぶすのも目的の1つでした。学校の気を使う同級生たちとの遊びの約束などに、無理に合わせる必要が無くなります。 

 

小さかった次女もいっしょに巻き込んで、親子3人で習い事に出かけるようにしました。

 

ラッキーなことに、ピアノですごく気の合う同じ年の子を見つけることができました。その子のお母さんも素敵な人で、親子で交流が始まりました。長女も私も大阪での本当のお友達1人目です。

 

行動を起こして得た友人

不思議なご縁で、1年後にその家族はうちの校区に引っ越してきました。子供たちは同じ学校で2人から数人の友達の輪を作り、中学、高校時代を経て今では一生続きそうなつきあいになっています。

 

私のほうも、今でもそのお母さんとはおつきあいがあります。面白いことに街でばったり会う回数が多いのです。子供達のことや学校のこと、それぞれのパートの仕事のことなど気軽に悩みを話せる友人です。

 

 

まとめ

転校は子供にとって、たしかに負担なことかもしれません。けれど長い目で見れば良い人生経験であると思って、乗り越えて欲しいです。

 

乗り越えた先には、想像できなかった良い人間関係が待っているかもしれません。

そして、人はきっと乗り越えていくことができると思います。

 

(この記事がお役にたてれば幸いです)